酒は生きている
「昨日までは元気だったのに!」
友人が声高に叫んだ。なんのことかと思えば、昨日、どぶろくを試飲した時に感じた発砲成分が、今日はそれほど強くないのだという。
そうか、酒というのは本来は生きているものなのだ、と感じさせられた。
運良くというべきか、酒造りを初めた時、私はドイツに住んでいた。
1899年(明治32年)に日本で自家醸造が禁止されてから、今もなお免許を持たずして酒製造を行うことは原則不可能だ。
ドイツでは酒、ワインなどを自家醸造することは禁止されておらず、私はこれ幸いとばかりに、ドイツ滞在の最後の1年はこぞって日本酒を仕込んでいた。
作っては大量にできた日本酒をまわりの友人たちに配ったり、試飲してもらっていたのだが、どぶろく造りは、こんなに適当に作ってもできるのかとびっくりするほどに簡単で、正直拍子抜けした。
家にあった材料で日本酒ができた
材料は水、米麹、蒸し米に、申し訳程度のごく少量のパン酵母だけで、それら全部を混ぜて置いておくだけ。温度にもよるが、これを1週間から10日程度放置しておくと、なぜか米のものでもパン酵母のものでもない、豊かな風味が生まれてくる。(なぜ材料が酒酵母ではなく、パン酵母なのかはについては別の機会で。)
そして、本当に日本酒の味がする。
どぶろくの醪(もろみ)は発酵の段階で、毎日変化する。発酵が進むと、麹の甘さが消え、ふんわりとしたアルコール分が口の中に感じられるようになる。そして醪から発生するプチプチした小さな泡が、日を追うごとにどんどんその大きさを増していき、まさに酒の酵母が全力で活動しているのが目に見え、音にも聞こえるようになる。
発砲成分が消えゆく頃にはアルコール度が高まり、正真正銘の酒になっている。
大抵の人は、日本酒というと瓶詰めした無色透明の液体と思い浮かべるだろうが、実際に作ってみたら、日本酒というのは実は黄味がかっているということがわかった。
どぶろくというのは、発酵させただけの、白く濁った酒のこと指す。つまりフィルタリングされておらず、米麹と蒸し米がぷかぷかと浮いた醪ごと、ぐいっと頂くのが、どぶろくということになるのかもしれないが、このレシピでは最後に出来上がったどぶろくの醪を荒漉しして、飲みやすくした。醪を漉して、澱を沈殿させてみると、美しい黄蘗色の液体が現れる。
コメがフルーティーになった
ある時、出来上がった酒を1リットルほど持ち帰ったドイツ人の友人は「すごくフルーティーで美味しい。毎日、ちびちびやっている」と感想をくれた。(作った本人としては、酒の酵母が生きているうちに早めに飲んでもらいたかったのだが。)
イネ科の植物であるコメがフルーティーになる瞬間を見せてくれる「どぶろく造り」は、まさにマジックだ。出来上がっても火入れをせず、酒が酸っぱくなる前に飲み切る。生きた酒酵母(元はパン酵母だったが)のシュワシュワがまだちょっと残っているところを追いかけるように、飲み切ってしまうのが生きた酒の飲み方か。いや、火入れして保存し、もっと長い時間味わいたいというのであれば、もちろんそれもありだろう。
時間の経過と共に変化する、生きている酒。作れば、きっと飲み方も見え方も変わってくる。
出来上がり:約700ml
- うるち米 500g
- 生の米麹 150g
- 水 650ml
- ぬるま湯 100ml(パン酵母を溶かすもの)
- 0.75gのパン酵母(乾燥タイプ)(在ドイツの場合は、Bioの生のパン酵母1.5gでも可)
おすすめ・実験済みパン酵母
このタイプのものを使って、失敗したことがありません。同じ天然酵母でも、ホシノの天然酵母では上手く行きませんでした。
必要な道具
- 米を蒸すための鍋(圧力鍋があるとよい)
- パン酵母を溶かす器
- 1.5L以上の容量がある入れ物(ジッパー付きの保存袋を使用の場合は3Lの容量があるもの
- ステンレスの蒸し器
- 蒸し米を冷ますタッパーなどの容器
- しゃもじ
- 混ぜるための大きめのスプーンなど
- ざる
- 出来上がった酒を保存する容器
《レシピの中で使用した保存容器》消毒しやすくておすすめ
仕込みの前には必ず消毒しよう!雑菌が入ると酒がまずくなる
前日の準備
duration:
about 5-10 min.
米麹を作る時と同じ要領で、前の晩に米を洗い、水につけて置く。浸けおきのための水は、硬水地域の場合には、軟水のミネラルウォーターを使うのもよい。
次の日、米をざるに入れ、1、2時間ほど水気を切る。
米を蒸す
duration:
about 30-50 min.
米麹と同様に、酒造りに使う米は、水っぽく炊き上がったような米であってはならない。そのため米を炊くのではなく、蒸す。
米を蒸す前によく水を切っておく必要があり、あまりにも分量が多い場合には、水切りをするのに、米に付着する水分をキッチンペーパーなどで拭き取ったり、機械で脱水したりすることも可能なようだが、このレシピのように少量の米の場合にはそれほど神経質にならなくてもよい。
鍋の中に蒸し器に触れない程度の水を入れる。水を入れすぎると、蒸し米がべっとりと水分を吸ってしまう。水が少なすぎると空焚きになるので要注意。蒸し器の上に薄手の蒸し布をかけて、米をその上に置く。蒸し布に関しては、米麹の作り方を参照。 圧力鍋の場合は、圧がかかってから20分蒸す。 私が使っているのはフィスラーの4.5Lの圧力鍋。これで一度にコメ5合まで蒸すことができる。
普通の鍋の場合には、およそ40分蒸す。普通の鍋の場合では、べちゃっとした米になってしまうことがあるので、蒸しには注意しなくてはならない。圧力鍋だと比較的、カラッとした仕上がりになる。べちゃっとしたコメだと、酒造りには向かない。
蒸しあがったら、圧力鍋の場合は、鍋の圧力が下がるまで放置する。 蒸し米の温度が下がり、カラッとなるように、タッパーに広げたまま冷ます。
蒸しあがった米を蒸し布ごとタッパーの上に広げて、しゃもじで米全体をほぐす。
蒸し布にくっついた部分がベチャっとした状態にならないように、蒸し布から米をはがすよう上下に入れ替える。
蒸し器は木製の蒸し器よりもステンレスの方がおすすめ。なぜなら、木製の蒸し器を使ったことがあるけれど、木の匂いが移ってしまい、風味のまずいコメになってしまったから。古いタイプの、出どころのわからない木製の蒸し器には注意!
固めに蒸しあがった米は、米全体に透明感があって、手で触ってもあまりくっつかない。全体的にぱらぱらとしていて、食べるには硬いぐらいの硬さになっているのがよい。
写真のように、柔らかすぎて、全体に白っぽく、水分を多く含んで膨らんだ米は、酒造りに向かない。
ドイツでの酒造りでは、日本の軟水を使用した時の状況に近づけるため、軟水であるVolvicを使用した。
日本で酒造りが盛んな地域はいずれも豊かな水源で知られている。そのため、酒造りにおいて水はやはり大事だと思われる。
酵母をぬるま湯に溶かし、米麹と蒸し米と混ぜる
蒸し米を冷ましている間に、酵母を準備する。
今回は、ドイツのビオのスーパーマーケットで売っている生のパン酵母を使った。日本のパン用ドライイーストでも作ることができる。
(ドイツのオーガニックショップで売られている乾燥タイプのパン酵母も酒酵母として代用可能。)
パン酵母は微量でも酵母が十分に働いてくれるので、入れすぎに注意。
ドライイーストを使う場合には、生のイーストの半量を目安とする。
このタイプのドライイーストを使ってみたところ、うまく発酵した。フルーティーな酒になった。→
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酵母を30度程度のぬるま湯に溶かして、置いておく。乾燥酵母の場合は、この手順がとても重要で、ぬるま湯に溶かすことで酵母が活発になってくる。
消毒した酒仕込み用の容器に冷めた蒸し米と650mlの水を入れる。米粒がばらばらになるまで、清潔なスプーンなどでよくかき混ぜる。写真はWECKの2.7Lのガラス容器。
ぬるま湯に溶かした酵母と米麹を容器に入れて、さらによくかき混ぜる。
発酵
Day 1
醪(どぶろくの原料が混ぜ合わさったもの)は発酵段階で、酸素が必要になる。酸素補給のために、蓋を密閉せずに、蓋と容器の間にクリップを挟んで、通気口を作った。
酒の発酵段階では、酵母がどんどん湧いてくるので、容器が破裂したりしないように、容器は密閉しない。
1日目の材料を混ぜあわせただけのこの時点では、まだパン酵母の香りが強く残っている。米麹と蒸し米がだんだんと水を吸い始める。
仕込み容器を、日光の当たらない涼しい場所においておく。温度が低い方が発酵が緩やかになり、旨みも増してくると言われている。(酒が寒仕込みであるが所以。) 数時間後には、米麹と麹が水分をかなり吸い、容器全体から水気が少なくなったように見えるが、数日後、発酵が進むとまた水分が戻ってくる。
個人的な実験結果から言うと、部屋の常温(20度前後)で保管していても、まずい酒になるわけではない。
パン酵母は低温でも活動してくれる。 日本の酒蔵でもやはり低温発酵が酒の旨味につながるため、冬に仕込みを行なっているそう。ドイツの夏に酒を仕込んでも、腐ることもなく、すえることもなかったが、やはり雑菌が入りやすい暑さ真っ盛りの夏場は避けた方が懸命。
Day 2 2日目、米が水を吸ってしまい、容器の中の醪は水分が少なく感じられるが、前日よりも醪そのものから、甘く、フルーティーな香りが出てくる。 醪からプチプチと小さな気泡が弾ける音が聞こえる。
パン酵母の独特の匂いが消えていたら、発酵が順調なサイン。
パン酵母には、乾燥、生、製造メーカーが違うものが多数売られている。色々なタイプのパン酵母を試したが、パン酵母によって、醪の香りにも多少差がある。
容器を軽く揺らしてみると、すでに醪の下の部分では、米麹と米が一度吸った水分を出し始め、水っぽくなっているのがわかる。 混ぜる時は、いつも殺菌された清潔なスプーンなどを使う。米粒を押しつぶして、こねてしまわないように軽く混ぜる。
Day 3 3日目になると醪からアルコールの香りが漂い始め、気泡がたくさんできている。
3日目も空気に触れている表面部分が空気中の雑菌に触れて傷んでしまわないように、清潔なスプーンで混ぜる。
酒の発酵プロセスは、米麹の酵素が蒸し米のデンプン質を糖に変換し、同時に酵母が糖をアルコールと二酸化炭素に変えるという、発酵の中でも特殊な並行複発酵という発酵が行われている。
Day 4 4日目には、最初よりも醪全体の水分量が多くなったように見える。
米麹と蒸し米の間には、たくさんの気泡ができる。
Day 5 5日目になると仕込み1日目とは全く違った様子になっている。発酵が進むと、蒸し米は水分の中で崩れて、発酵が終わるころには、ほとんど形を失っている。
Day 8 8日目までのこの間、毎日醪を試飲してみると風味と味が変化し続けているのがわかる。米麹自体が炭酸を含んでいて、その炭酸の強さも発酵の間、毎日変わってくる。舌先でその違いを感じられるのはとても面白い。 容器の口についてしまった醪などは、雑菌のもととなるので、キッチンペーパーで拭き取っておくとよい。
Day 12 12日目になると醪は完全に液体化してきた。醪はとても甘くなり、フレッシュな香りがする。 発酵が十分かどうかというのは、発酵した場所の気温によるところが大きい。 醪の発酵が進みすぎると、いつも容器の上部分で浮いていた米麹の米粒が容器の底に沈み始める。醪の味そのものも、酸味を帯びてくる。
酒が酸っぱくなり「酢」になってしまわないうちに、発酵を終了する。いつ発酵が完成したのかわからなければ、好みの味になった時に発酵を終了すればよい。
酒を濾す
duration:
about 60 min.
醪を漉すのに、大きなボウルとざるを使用した。本物の酒蔵では、布袋に入れた醪に圧をかけてじっくりと酒を漉すものだが、醪そのものに米がたくさん含まれているので、最初から布袋でやると漉すのにとても時間がかかる。
そのため、少し目の荒いざるに入れた醪を2、3時間放置し漉した方が手早く、簡易的に漉すことができる。
あまりにも長い間、ざるに入れた醪を放置しておくと、空気に触れたせいか味と風味が落ちてしまうので注意する。
duration:
3-12 hours
ざるに入れた醪から液体が落ちてこなくなったら、重しとして、皿や水を入れた容器などを醪の上に乗せて、さらに醪から液体を取り出す。醪と重しの間に、蒸し布に使ったような布をかませてもよい。
酒蔵では、布袋に入れて、濾された醪のかすが酒粕となる。
出来上がり!
expiration date:
within 10 days
出来上がったどぶろくは乳白色をしている。どぶろくは別名、濁り酒、醪酒とも言われている。
ざっくりと醪を取り除いただけのどぶろくは放置しておくと、下の方に澱(おり)が溜まってくる。醪成分が含まれていない上の部分は黄蘗色のとても綺麗な色をしている。
やはり、澱の少ない上部の方がすっきりとした味わいがあるが、ミルキー色の濁り酒にも風味は十分に感じられる。
一般的な日本酒は黄蘗色の液体を活性炭で濾過することによって、完全な無色透明に仕上げられている。
清潔な保存容器に入れて、冷蔵保存する。
このレシピでは、火入れせずに、フレッシュな状態の生酒を楽しむことを紹介しているため、保存の方法は紹介しないので、味を見ながら酒が悪くならないうちに、数日以内に消費することをオススメする。